「セカイ、蛮族、ぼく。」 伊藤計劃

 伊藤計劃氏の逝去は単なるいちファンながら辛く、追悼特集のSFマガジンの感想もなかなか書けずにいた。フランケンシュタインの技術が全欧に普及した世界を描く未完の第四長編の冒頭部分、遺稿となってしまった「屍者の帝国」があまりに期待させる出来だっただけになおさらだった。
 そんな折、佐藤亜紀氏の日記で伊藤計劃氏が2007年に同人誌に発表していた短編のことを知った。公開して下さったrandam_butterさん(で、いいのかな)にはもう感謝、感謝である。内容は『虐殺器官』など商業誌で読める諸作でどちらかというとフレイヴァー的に垣間見えたユーモアが前面に立った作品で、早くから作風が確立していることが分かる。短いが十二分に楽しい仕上がりで、ぜひご一読あれ。
 伊藤計劃氏についてはまずHPから読み始めたのだが、その映画批評の素晴らしさに驚かされた。当ブログ主は大した映画視聴歴もないのだが、面白い批評にはそんな経験は無用なのだ。着眼点がユニークで論理展開に説得力があり、文章はシャレが利いている。あまりに面白いので評価の高くない映画まで観て確かめようか、と思わせるくらいだ。書いているうちに思い出した。今でも読めるんだった。読むことが大事なんだ、と今更ながら気づいた。
 

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<幻想と怪奇> ポー生誕200周年 ミステリマガジン2009年8月号 

 夏恒例ミステリマガジンの<幻想と怪奇>はポー特集。大昔SFしか読んでいなかった頃、ポーを読んでよく分からなかった記憶がある程度だが、NHKの特集番組「エドガー・アラン・ポー200年目の疑惑」をみたりして、ようやくながら興味がわいてきた。オマージュ短編について感想。

「ポーとジョーとぼく」ドン・ウィンズロウ 授業もろくに出ない落第すれすれの主人公はポーの作品をきっかけに退職間近の老女性教師と連日ランチを食べることになる。劣等生の少年と話のわかる先生、というのも普遍的に心を動かされるパターンだな。小品だけどいいです。
「春の月見」S・J・ローザン 美術館長をしている友人が偽の仏像をつかまされた。オーナーにそのことがばれる前に、なんとか解決したい美術品調査専門探偵。偽美術品をめぐる知恵比べの話。美術商の商売とコレクター気質の兼ね合いみたいなところがポイントになっている。不勉強なんでよくあることだが、小ネタとして登場する川瀬巴水なんて全然知らなかった(wikiによると海外で人気があるらしい)。
「ネヴァーモア」トマス・H・クック ユダヤのルーツを捨てた父親とラビになった息子。疎遠だった二人は、父に死期が迫ったたため病院で面会するようになり、やがて息子は積年の父の謎について問いただすが。クックは初読。正統派人間ドラマミステリって感じ。「告げ口心臓」がモティーフとか。読まなきゃなあ。 

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『栞と紙魚子』①~③ 諸星大二郎 

 テレビドラマにもなった有名シリーズだが、マンガ全般にご無沙汰だったので、これが10年以上も前からある諸星大二郎のシリーズものだとは割合最近まで知らなかった。数ヶ月前に読んだ自選短編集の中の「生首事件」で、シュールでコミカルな要素がいい感じだったので、まとめて購入。やはり面白かった。どの作品もいいけど、ちょっと多いので各巻から数作ずつ感想(ちなみにドラマの方は全くみたことがない)。
①「生首事件」 悪気はないのにトラブルを引き込んでしまう栞と古本マニアで(変な)物知りの紙魚子というキャラクターが第一作目にしてすでに確立。生首を飼う二人のやり取りがおかしい。
「桜の花の満開の下」 桜の木の下には・・・という言葉をそのままホラーにしたダジャレベースの実にらしい作品。
「ためらい坂」 いったん登り始めたら絶対に引き返してはならないという<ためらい坂>。オチがいいです。
「それぞれの悪夢」 文芸部のホラーマニア洞野が作る同人誌の奇妙なホラー小説が実体化する話。栞の飼い猫のボリスが人間年齢のおっさん化するというベタと言えばベタな設定が、作者の独特の絵柄とあいまって不思議なユーモアを醸し出している。
「クトルーちゃん」 「ボリスの獲物」にちらっと登場した怪物少女クトルーちゃんが本格的に活躍。このクトルーちゃん、お父さんの段一知、お母さん(名前はなんだっけ?)、ペットのヨグの一家はとにかく最高。ラヴクラフトは不勉強ながらほとんど読んでいないけど、問題なく楽しめる。テケリ・リ・リ!!
「おじいちゃんと遊ぼう」 これもクトルーちゃんもの。作家である段一知の原稿を取りに行った新しい担当の編集者が大変な目にあうのが泣かせる(?)話。
②「頸山のお化け鳥居」 クラスメートがお化けに出会ったのは、誰かが頸山神社に呪いをかけたせいらしい。この人の絵は本当に個性的だなあ。
「ラビリンス」 アミューズメント・パークの巨大迷路に行ってから、栞の家がおかしなことに。おおボルヘスですかー。
「魔書アッカバッカ」 紙魚子は古本屋の娘だが、その宇論堂に訪れる客も一癖も二癖もある連中ばかり。禁断の本をめぐる話は本について並々ならぬ情熱をお持ちの皆様方の爆笑を誘うことは間違いなし。
「殺戮詩集」 恐ろしい詩人菱田きとらの話。このキャラクターも強烈。いろんな登場人物を思いつくなあ。
「長い廊下」「頸山城妖姫録」 続きものの本格派歴史ホラー。こうした本格的なホラーものとコミカルなものが両方収められているのがこのシリーズの人気の秘密だろう。
③「ペットの散歩」「ゼノ奥さん」 強烈な個性を持つ絵柄だから、見えないペットという設定がより生きてくるんだよなあ。さすがである。二人が迷い込む街の風景が、以前の作品を思わせて印象的。
「本の魚」 本を釣る話である。そのまんまだもんなあ。この巻では全体に紙魚子の本へのこだわりがより目立っている気がするが、何ともいい味です。
「夜の魚」 夜の魚が泳ぎまわって、胃の頭町に行方不明者が続出するというお話。ラストを飾るにふさわしく、キャラクター総出演の大ドタバタ劇(他にもドタバタ作品は結構あるけどね)。こうしたにぎやかなドタバタ劇は『うる星やつら』でよくあったパターンの気もするが、テイストが違うところが面白い。
 他にもここで書かなかったインパクトのある登場人物が複数いて、いろいろな作品と絡んでいくのでそれも楽しい。シリーズ後半では多少コミカルな要素が強くなる感じが若干あるが、全体にシュールさと気色の悪さが一貫している上に作品の質も保たれているので、コミカルな面での代表的なシリーズなのも当然だ。

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時の移ろい

 ファラ・フォーセットとマイケル・ジャクソンが相次いで亡くなるとは。どちらも70年代末から80年代前半のグラマラスなあるいはゴージャスなアメリカの顔といった存在だった。どちらに対しても熱心なファンではなかったが世代的にいろいろ浮かんでくる。ファラ・フォーセットは62歳か。高齢とはいえないものの時の流れを感じざるを得ない。※追記 忘れちゃいかんCKBの‘タオル’にもファラが登場してた!
 マイケル・ジャクソンは洋楽を聴き始めた中学生の時、アルバム“オフ・ザ・ウォール”からのシングル‘ロック・ウィズ・ユー’が大ヒットをしていて、とにかくカッコいい曲だなあと思った記憶がある。その後“スリラー”があまりにも売れて社会現象化してしまったために、生真面目な音楽ファンほど敬遠する傾向にあったが、いい曲が多くてなかなか良質なアルバムだと思う(これだけ有名なアルバムなので、あらためてこんなことを書くとアホっぽいが)。もちろんジョン・ランディスを使うセンスも時代とマッチしていた(まだホラーやSFはメジャーなジャンルではなかったので、狙い自体が新しかったのだ)。ただ“バッド”以降になるとビッグ・ビジネスを担った重苦しさみたいなものが(もともとあったのだろうが)目立つような感じもあって、個人的にはどうも馴染めなかった。いずれにせよ、こんな感想をファンともいえないような当ブログ主が書けるのもそれだけラジオやTVから曲が耳に入ってきたからである。特にミュージックビデオ番組でマイケルがかからない日はなかった。マイケルの曲は歌謡曲のようにJポップのように流れていたのである。一方で、あまりにウェルメイドで洗練されビジネスとダイレクトに結びつきすぎた音楽、という点で評価が分かれる人でもあった。何はともあれ自分としてはソウル/R&Bを聴くきっかけを与えてくれた人物として忘れえぬ大きな存在である。
 マイケルに関してひとつ思い出したことがある。1990年代前半のこと、すっかりオトナになってしまったのにイケナイ友人にクラブ遊びを教わったさあのうずは、勢い余って仕事休みを利用して一人でNYにクラブめぐりの旅行に出かけたことがある(ひとりクラビングツアーである。元気だったのう)。その時名前は忘れたが某有名クラブ(アフターアワーズにリサリサ&カルトジャムが登場してもうすぐ明け方なのにHow are you doing tonight!といっていたのが記憶に残っている)、で夜明けごろ‘マン・イン・ザ・ミラー’がかかった。これは非常に意外で、上記のようにゲストが登場することはあっても、基本的にはハウスミュージックを中心としたヴォーカルの入っていない音楽が中心にかかるところで、マイケルのようなビッグ・ネームの一般のポピュラー音楽が流れるとは予想していなかったからである。しかも、これは例の虐待疑惑が報道されていたころだったので、ますます印象的だった。その後振り返って、おそらくこのときのDJはクラブ文化の先輩であるディスコ文化をメジャーなものにしたマイケルに変わらぬ敬意を表明したのではないか、と思った。マイケルへの幅広い支持を知った貴重な体験だった。

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‘ベスト・イン・スリー・ディグリーズ ’ スリー・ディグリーズ

 昨年ノーマン・ジェイのコンピレーションを買ってから、突然フィリー・ソウルに目覚めてしまい、その後‘ラヴ・トレイン:フィリー・ソウルの全て ’を購入して、中古のベスト盤を中心だがさらに様々なグループのCDを買い続けた。その中でビリー・ポールとスタイリスティックスが特に良かったのだが、今回紹介するのは一種独特なポジションにいるグループである。名前はものまね王座決定戦でビジーフォーの得意ネタとして記憶される(古!)ような、歌謡系洋楽というか本国より日本で人気のある、どちらかといえば洋楽のファンには軽んじられやすいタイプである。実際はNo.1ヒットの‘ソウル・トレインのテーマ’もあるし、相当有名なはずなのだが、ソウルフルというよりは清潔感の漂う明るい雰囲気とストリングスを多用した親しみやすい音づくりが日本人の好みにばっちりとはまって、あたかも日本のミュージシャンのような幅広い人気を得たようだ。とにかくいろいろと面白い曲があったので、このベスト・アルバムから一部紹介(数字はCDのトラックNo.。情報はすべてCDの解説から)。
2 Dirty Ol'Man(荒野のならず者) 邦題がイイです。オリジナル・メンバーは高校時代からという彼女らはなかなか売れず、ようやく小ヒットを飛ばしたあとフィリー・ソウルの立役者ギャンブル&ハフのフィラデルフィア・インターナショナルに移って、この曲がオランダ1位になりヨーロッパ進出の足掛かりとなったらしい。ストリングスとコーラスが妙に歌謡曲然としているのは、きっとこうしたサウンドをベースにしてつくられた歌謡曲をその後に聴いているためだろうが実に不思議な感じにとらわれる。
4.When Will I See You Again(天使のささやき) 74年6月第3回東京音楽祭金賞受賞作。ほどよいお色気(またまた古!)の漂う感じの曲で、ディープなソウル・ファンが難癖をつけそうだが、このぬるさがいいんですよ。
7.Midnight Train 松本隆作詞、細野晴臣作曲、矢野誠編曲、ティン・パン・アレイの演奏ということで、まんま日本のミュージシャンの曲。まあスリー・ディグリーズは妙に歌謡曲要素が強いとは思うが、元々フィリー・ソウルはストリングスを多用したメロウな味が特徴なので、結構歌謡曲っぽいものも目立つ。というわけで、解説を読んでから、日本っぽい感じがある気もしてきたが、実はあまりほかの曲と差は感じていなかった。ティン・パン・アレイ、やるな。
9.Nigai Namida(苦い涙) このCDのハイライトがやってまいりました!こちらは安井かずみ作詞、筒美京平作曲、深町純編曲。ポリス、クイーン、ベンフォールズファイヴと日本語の歌詞を歌ったミュージシャンたちが思い浮かぶが、これには敵わないだろう。典型的な恨み節の日本語歌詞を歌わせてしまう倒錯ぶりに卒倒しそうだ。オンナガシメス アイノヤリトリ ミワケツククセニ ジンセイカケテ ガケニタタセテ テヲハナスツモリ とくるんだからたまりません。矢島美容室はこの辺りがヒントだろうなあ。
12.La Chanson Populaire(恋はシャンソン) シャンソン歌手クロード・フランソワのカヴァーらしい。大仰なストリングスで素晴しくインチキ臭さい似非シャンソン。日本ではこの前の「苦い涙」のあとのシングルがこの曲だったらしい。ソウル・グループとは思えぬ展開ぶりが素晴らしすぎる。
13.Do It 今度はへヴィ・ファンクに挑戦、といってもいいような曲だが日本レコーディングためか偶然かあまりにルパン。
 むしろ最初から本国で売れなかったためにユニークな道を歩むことになったのかもしれない。様々な曲をやらされることになったのも爆発的な個性がないせいということかもしれない。歌い方も強烈に迫ってくる感じではなく、割合あっさりしていて日本人にはかえって聴きやすかったのも良かったのだろう。グループとしては息が長く、なんと7月に来日公演もある。ちょっと驚いたのは、1985年にストック/エイトキン/ウォーターマン(80年代ディスコサウンドを一手に担っていたプロデューサー・チーム。嗚呼PWL!
)とのシングルもあること。Youtubeにもあった。

 何というかどうしてもアクも個性も弱い感じなのだが、逆に力まず何でもこなせちゃうようなところもあって、この曲も普通にサウンドと馴染んでいるのが不思議だ。控え目な職人技の凄さというか、そんなところもやっぱり日本受けする感じだったり。何はともあれなかなか楽しいグループである。

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