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2009年2月

『金剛石のレンズ』 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン

 知る人ぞ知る名短編集の復刊である。とはいえ、再刊されるまで本書のことはあまりよく知らず、19世紀中頃の早世した作家であることも今回初めて知った。特に古い小説の読書経験値が乏しい当ブログ主には、19世紀というと以前読んだ『ディケンズ短編集』ぐらいしか手持ちの比較対象がないのだが、本作品集の方がよりモダンで端正な仕上がりで視覚的イメージの鮮やかな作品が多く非常に驚かされた。多彩な作品をものにする技巧は素晴らしく、解説にある<変幻自在の小説の魔術師>も決して誇張ではない評判通りの作品集である。どれも面白いが、中でも気に入ったものに○。

「金剛石のレンズ」○ 生活の全てを顕微鏡を使っての研究に捧げてしまった男の物語。テーマの先駆性はもちろん、ミクロ世界の描写が美しい。
「チューリップの鉢」○ 子供の頃から魅せられていた館に、ようやく住むチャンスを得た主人公。ちょっと不気味な前半から一転して、後半は心霊探偵ものの展開。見事にのせられた。
「あれは何だったのか」 主人公を突然襲ったものの正体とは。タイトル通りの、実に雰囲気のある怪奇譚。
「失われた部屋」○ うんざりするほど暑い夜。外出から戻った主人公は自分の部屋で見知らぬ者たちが繰り広げる宴を目にする。丹念な風景描写からじわじわ高まる不安。サンリオSF文庫版のタイトルだったのも納得の傑作。
「墓を愛した少年」○ 孤独な少年が愛したのは名も刻まれていない小さな墓だった。普通小説といってよいだろう。わずか6Pだが涙なしには読めない逸品。
「世界を見る」 才能溢れる詩人は壁にぶちあたり、とある名医を頼る。一転、今度は皮肉な物語。こちらも巧い。
「鐘つきジューバル」 鐘つきジューバルは告白したアガサにふられて。これまた小品ながら魔的なイメージが炸裂。技巧的な面と相反するようなイメージの迸りもみられるのがこの人の面白さだと思う。
「パールの母」○ 愛する妻と子に恵まれた主人公の幸福な日々が次第に歪み始める。前半の南洋を舞台とする超自然的なイメージの物語が、後半思わぬ展開をみせる。これも作者の筆にまんまとのせられた感があるのだが、他作にもみられる独特の意表をついた展開はもしかしたら計算ではなく作者の天性のセンスによるものなのかもしれない。
「ボヘミアン」 巨万の富を求めた主人公をめぐる顛末。特別珍しい話ではないが、古臭くないんだよね。
「絶対の秘密」○ ある男が語る自らの秘密とは。コミカルでブラックなサスペンス小説で、これまた傑作。語られない部分もほどよく残されて、巧いなあ。タイトルもいい。
「いかにして重力を克服したか」○ とある科学者が発明した機械は重力を克服した。『サテライト・サイエンス・フィクション』という雑誌に掲載されたというようにSFである。ガジェットの丁寧な描写といった辺りのセンスは、ハードSFっぽくすら感じられる。
「手妻使いパイオウ・ルウの所有する龍の牙」 手妻使いパイオウ・ルウの行う様々な奇跡のお話。こちらは中華風ファンタジイ。作品のバリエーションの豊かさには脱帽。質も高いしね。
「ワンダースミス」○ ワンダースミスの持つ不気味な木彫りの人形たちは怖ろしい力があった。残酷な童話風で、ラブロマンスありちょっとしたアクションありの娯楽作になっていて、このまま映像化すらいけそうだ。
「手から口へ」 冬の夜に下宿から締め出された主人公は、謎めいた男の案内で奇妙なホテルに案内される。最終章は編集者によるものらしく、前半の不気味な雰囲気と後半のコミカルな感じの落差による違和感がこの作品集の中では目立つものの、目・手・口・耳がそこかしこに並んでいる奇怪なホテルのイメージは強烈で夢に出て来そうだ。

 以上14作どれも楽しめた。作品の質と多様性をみると実に早世が惜しまれる作家である。 

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ベストSF2008投票

 いつもお世話になっている森下一仁先生の‘惑星ダルの日常’恒例ベストSF2008の投票に参加。順不同で5作あげました。

○『限りなき夏』 クリストファー・プリースト
○『夏の涯ての島』 イアン・R・マクラウド
○『蒸気駆動の少年』 ジョン・スラデック
○『20世紀の幽霊たち』 ジョー・ヒル
○『ハーモニー』 伊藤計劃

 『時間封鎖』『TAP』『スプーク・カントリー』は間に合わず。有難いことに昨年も短編集が充実していたので、どうせなら『ハーモニー』の代わりに『虚構機関』を入れて全部短編集にしても良かったかしら。締め切りは2/22ですのでお忘れの方はお早めに!

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『アースダイバー』 中沢新一

 中沢新一の文や話を見聞きすることは何度かあったが、著作自体を読むのは初めて。「東京の地霊」で様々な土地に潜む場の力が人間に与える影響といった話に興味を覚え、本書を購入。いやー面白いわこれ。
 <アースダイバー>というのはアメリカ先住民の神話で、世界を創造するのに潜水鳥が水底の泥を浅瀬にせっせと運んだという話からきている。現代社会で中心的になった一神教の整理された世界観の底に潜む泥臭い<無意識>の領域をその泥と重ね合わせ、<アースダイバー>となってそれをつかみとろうとるするのが本書である。舞台は東京の中心部の各所。大都会の真ん中が縄文時代からの地続きで、その痕跡はいたるところでみられるというのだ。東京は縄文海進期という海面上昇の時代に、相当な範囲が水没していたらしい。洪積層という堅い地層はその時にも水没していない陸地で、海水が浸入してえぐったところが沖積層という。坂や山に当たる洪積層のふもとに平らな沖積層がある、といったイメージで、これを色分けすると洪積層がフィヨルドのように浮き上がるのが東京なのだ(こんな感じ)。そしてその2つの地層の境目の部分(フィヨルドの輪郭のところ)、つまり坂や斜面が途切れる所は霊的な場所として、古くから寺や神社などが多くあるというのだ(そういえば東京中心部には坂が多い)。そうした視点をベースに、現代日本の紛れもない表の顔として君臨する東京の中心が死とエロスに満ちたもう一つの顔を持つことを明らかにしていく、というわけである。
 小さい頃から神奈川県に住んでいる時期が長い当ブログ主だが、学校などの関係から東京とのつき合いも長い。東京各所の話も予備知識はあって、それぞれ面白いので、以下断片的に言及。
・新宿~四谷 昔から縁のあるエリアだが全然散策していないなあ。西新宿の方に伝説のある十二社の森があることも知らなかった。四谷怪談の舞台の当たりも近くはよく通っていが、知らなかった。お岩さんが真面目な働き者で特に不幸でもなかったという話が面白い。
・渋谷~明治神宮 この辺りもよく通ったのだが(10代の頃だからえらく昔)。四谷怪談の舞台も坂だが、渋谷も坂が多い。円山町の宗教的な歴史が今の様相に継続しているという。神泉駅の名前の由来は知らなかった。学生時代、時々神泉からタワーレコードに歩いたことがあった(今のタワーレコードと違って、開店した頃は東急ハンズの近くにあって渋谷駅より少しだけ近かったのだ)。明治神宮をめぐる話では山田風太郎の「蠟人」が、その本質をよく表現している例として登場する。これ積読している『怪談部屋』に収録されているので読まなきゃ。
・東京タワー 東京の中枢といった位置にありながら、米軍の爆撃で焼け野原になった土地に朝鮮戦争で鉄くずと化した戦車で建てられた死に彩られたタワー、というイメージはやっぱり印象深い。
・麻布~赤坂 水の記憶、というキーワードで語られる。面影はないが溜池というのだから池があったんだなあ。ここも国家の中枢で機能的には効率が悪い面もあると思うのだが険しい坂が多いところだ。
・三田、早稲田、青山 大学が多い地域も霊地が多いという。これは当然かもしれない。大学には広い土地が必要で、東京でそういったものをつくるとすると埋葬地などの特別な場所に選択が狭まるだろう。もちろん本書ではそれ以上のものを読み取られているが。ファッショナブルな青山には背後霊のように青山墓地が控えているというような話も出てくる。
・銀座~新橋 銀座と新橋は隣同士なのに断絶している、という話は確かに実感したことがあって、銀座を歩いていてちょっと先に行って
みたら新橋の知っているところに急に出るといった感じ(逆もあり)。江戸時代に京都から呼び寄せられた金属職人が奇抜なファッションを流行らせた、という銀座の歴史はこれまで知らなかったなあ。
・浅草~上野~秋葉原 意外と歴史の浅い浅草、縄文時代の名残が随所で見られるという上野、炎の精霊のパワーが電子に乗り移った秋葉原といった話。浅草が外国人観光客に好かれるのはその辺だろうか。その他にも大きな神社の横で小さな寺のお祭りに古い歴史のものがあるといった話や森の中にある皇居の話なども興味深い。
 どの項も見事な論旨の展開で、あまりに流麗過ぎて時に超絶技巧の奇術を見せられているような気もしなくはない。現代社会への疑問を投げかけるといったスタンスが多いものの、CGを使った立体地図によって本書が書かれているという面も著者はよく知っているだろう。といったちょっとした違和感はともかくとして、東京の多様な聖俗の歴史が現代へのつながりとして描かれている本書は、より東京を身近に感じさせてくれるのは間違いなく、東京散歩のお供に最適である。

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