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2009年4月

『太陽の帝国』 J・G・バラード

 長らく積読していた。実は刊行当時に途中まで読んで止めてしまっていた。まだSFばかりを読んでいた時期だったので読み始めたはいいが、普通小説であるというだけで物足りなくなってしまったのである。さて今回、ああ実にバラードらしい小説だなあということがいまさらながらわかった。
 第二次大戦下の上海。主人公ジムはイギリス人租界(外国人居留地)に住む少年。真珠湾攻撃のあとに日本軍が租界に進駐し、ジムは家族と離れ離れになってしまう。戦時の危険な状況下で両親との再会を夢見るジムはさまざまな体験をしていく。
 少年ということで兵士などの眼をかいくぐっての冒険小説の要素も含まれてはいるが、収容所を中心とした生命が常に脅かされる抑圧的で厳しい日常が話の中心となるので、基本的には重苦しい話である。名前や作者のプロフィールを考えると自伝的な要素は強いのだろう。そうした意味でバラードの著作の中では伝統的な一般文学に最も近いといえそうだ。しかしここに描かれるものはまぎれもない死と暴力と性衝動(これはやや控えめかな)の混在したバラード・ワールド。夥しい数の死体、墜落した飛行機、核の影といった情景を描くことに力点が置かれているので、例えば捕虜の側の視点の小説であるにもかかわらず日本軍は憧れの対象だったリする。孤独な少年が成長していくというある意味小説として王道をゆく話でありながら、バラードが書くとこうなってしまうのかという驚きがある。特に収容所という閉塞的な空間の中で倒錯的な心理的解放を得ていくジムの心理描写はバラードならではで、二度の世界大戦を経験した大量死の20世紀から連なる現代になお衝撃を与えていると思う(結局ジムは一生この戦時下の世界の心理的虜囚となってしまうことが示唆されている)。
 本書の訳者によると、両親と離れ離れになるというこの作品の基本的な枠組みが実際のバラードの体験と違っている(実際には家族と一緒だった)ことや一部非現実的な描写があることなどから「作者の誠意を疑う」といった発言が繰り返されたことがあったらしい(SFマガジン1997 3月号J・G・バラード特集‘生身のやさしい女たち’高橋和久)。現実にあった出来事(重くかつ多くの人にその記憶が残っていた出来事)をモチーフにしていることや一般文学寄りのストーリーでむしろ幅広く読まれたためにバラードの小説に慣れていない読者も多かっただろうことを考えるとそうした誤解はやむを得ない面もあるだろう。それにしても読者が作者に期待をしてしまうこと(そして生まれてしまう誤解)を考える上で興味深い話である。

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J・G・バラード逝去

 自伝でも末期癌であることを告白していたというバラード。
 享年78柳下毅一郎さんの映画評論家緊張日記から)。覚悟はしていたが、やはり辛い。個人的には早くからバラードを理解できたわけではなかったが、ここ10年ほどは本当に重要な作家であることに気づき(それこそ柳下毅一郎さんの書評などをきっかけに)、近年の現代社会を舞台にしたミステリ的な『楽園への疾走』『コカイン・ナイト』『スーパー・カンヌ』などを中心に刺激的な読書体験を与えられた(自分にとってのバラード再入門書『殺す』は地味だが短くておすすめ)。バラードの存在は、テクノロジーが高度に発展し旧来の人間観や社会観が通用しない現代にあって、灯台のように思えた。テクノロジーと人間や社会の関係そのものを小説のテーマとして扱うのは大変難しく(扱っても根本が旧来の凡庸な小説のままでガジェットだけが新しいというだけにとどまってしまい思考実験にいたらない) 、それを長年成し遂げてきたバラードの功績は計り知れない。これからもっともっと読まれるべき作家だろう。

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『泰平ヨンの回想記』 スタニスワフ・レム

 ベイリーのロボットものを読んだらレムのユーモアものを読みたくなって積読本に手を出した。これはたしか出先(広島だったと思う)の古書店でレムの文庫が安く並んでいたので何冊かまとめて買ったんだな。10年くらい前かな。
 閑話休題。泰平ヨン、初めて読んだ(よく考えるとわれながらずいぶん長い積読だ)。どんなシリーズかよく知らなかったので、同じく積読していた『泰平ヨンの航星日記』の方が先なのに、薄いからこっちを手にしてしまった。でもこれはこれで軽い短編集で、とっかかりとして悪くなかったかもしれない。宇宙を冒険した泰平ヨンが地球での様々な出来事を中心に思い出を語るといった趣向。そっけなく番号だけつくられた第一話から八話と「宇宙を救おう(泰平ヨンの公開状)」の全九編といっていいだろう。そのうち第一、二、三、四、七話はとある発明家やら博士やらのつくった機械や装置に驚かされるという実に素朴なつくりの話である。もちろんアイディアには広がりのあるものがあるし、異色作家短篇集のような三話と七話は楽しい。ただ形式のみならずネタのかぶりも目立ち、結局古めかしさも目についてしまう。それから最後の「宇宙を救おう」は奇妙な宇宙生物に関するジョーク集といった感じで、楽しめるがまあその程度。
 ということで前置きが長くなったが、それ以外の作品が読みどころだということが言いたかったのである。それでは面白かったものの感想へ参ります。
・第五話 泰平ヨンが宇宙の旅から帰ってきたら、地球では二大洗濯機メーカーの激しい販売競争が巻き起こっていた。この競争がとてつもないスケールに発展してく大ボラぶりがたまらん。オチもいい。レム最高。一部は航星日記とオーバーラップするようだ。
・第六話 精神を病んだロボットたちの話。実は全体としてはそれほど大した作品じゃないんだけど、「自然を破壊しなくてはならない!」と主張する男はインパクトたっぷり。
・第八話 いきなり「この話を粘土板に刻んでいる」という導入部に爆笑。根本のアイディアは今となっては多少無理がある気がするが、いやいやどうしてどうして。スケール感のあるこれまた立派なホラ話、十分に堪能したよ。
 というわけで、未読の方は第五話と八話をぜひ読んでみてください。

※そうこうしていたら『泰平ヨン航星日記改訳版』なるものが出るらしい。持っている元のやつを読まないうちに出ちまった。遅読者の悲しみというやつである。(2009 8/2追記)

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イチロー

 個人的に日米通算記録というのはどうも厳密さを欠いている気がするのであまり興味はわかないのだが(なんか日本人だけが盛り上がっている感が否めない評価方法だ)、復帰初戦に記録挑戦と注目が集まる打席で満塁ホームランを打つイチローには脱帽だ。少し可愛げがなさすぎるくらいだけど。

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『ウォッチメン』 アラン・ムーア&デイブ・ギボンズ

 さて読み終わった。まずびっくりしたのは活字が多いこと、それから実に絵がカラフルだということ。細部まで描きこまれ絵、複雑な構成(コミック内エッセイ、コミック内フィクションといった具合の入れ子構造あり)読み進むのに予想以上に時間がかかった。
 というわけで十分に内容を把握できているわけではないけど、これは確かにすごい代物だ。ヒューゴー賞、タイム誌長編ベスト100選出も伊達ではない。映画自体も原作に忠実といわれるだけあって、それほど原作のストーリーと異なってはいない。しかし、全編がコミックの形式を十二分に生かしきるように作り込まれて、絵と活字の両面でサブリミナルな効果を演出しているのだから、どうにも映画化不能な部分があるのだろう。ヒーローものをリアルに描こうとしているのも、作者の意図であるのは間違いないが、映画の様な疑念は感じなかった。リアルに描くというのも作品の一面でしかなくて、むしろこれは20世紀(あるいは現代社会)をこうしたコミックの形式を使って表現した作品なのだと感じられた。コメディアンやロールシャッハはアメリカの病根を示すキャラクターだし、Dr.マンハッタンの能力は制御できない(原子力などの)テクノロジーを暗示したものだろう。古典的なヒーローの枠から逃れられないナイトオウルは一番人間的ではあるが、ピークの過ぎたタレントのようにどこか物悲しくすらある。全体として冷戦を色濃く反映してはいるが、破滅の上の薄い氷に立っているような今の社会となんら違うものではなく、20年以上経た今なお衝撃的な作品である。日本のコミックとはまた違う方向に進化したアメコミ、いやこれまた知らなかった大きな世界があるなあ。
 ちなみにボブ・ディランやジミヘンは重要な意味を持ってるんだね。

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春の散歩

 昨日は天気が良かったので朝に稲村ケ崎から極楽寺などを散歩。

Photo 最近この小さい紫色のきれいな花をよく見かけるので、調べたら諸葛菜(しょかつさい)というらしい。ハナダイコンとも呼ばれるようだ。












Photo_2 こちらは著我(シャガ)。好きな花で去年この群生しているところを写真に収めようとして忘れてしまったが、今回は成功。












Photo_5





















2_3 鎌倉にはこうした古い水路が結構あって、独特の景観をつくっている。




















Photo_6 わかりにくくなってしまったが、そうした水路脇の桜も風情がある。














Photo_7こちらは江ノ電極楽寺駅前。駅前にも桜があったんだなあ。














Photo_8 御霊神社。タイミングを逃し、もう葉桜だ。しかし・・・














Photo_9 桃が見ごろだった。春は花が美しい季節だな。
用事があったのでここで散歩終了。

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映画‘ウォッチメン’

 アメコミは全くの門外漢で原作も読んでいない状態であるが、盛り上がっているようなので性懲りもなくほとんど好奇心で先日みてきた。というと少し嘘があって、コミックの『ウォッチメン』を柳下毅一郎さんが高く評価をしていたことは知っていたので、映画化と再刊は手をつけるのにいい機会だと思ったこともある。あとアメコミ関連の‘ダークナイト’がなかなか刺激的だったというのもある。
 で、まずはいろいろな意味で興味深い映画で、楽しめた。ちなみにこれからみる方は主要登場人物のヒーローたちの紹介は知っておいた方がみやすいでしょう(映画秘宝やネット上にあります)。原作の方はヒーローものの約束事を打ち破る画期的な作品らしいが、映画の方でまずユニークなのはオープニングでヒーロー集団に歴史があることが示されているところである。コスチュームやメンバーが時代とともに変わり、そこに様々な混み入った人間模様が生まれてくるというのは面白い。また事前に知っていたバイオレントな描写の数々もそうしたエピソードに巧みに盛り込まれているのでそれほどこれみよがしな印象はなく、ストーリーのへヴィさを強めている。登場人物の中ではあっけらかんと暴力を重ねるエゴイスト<コメディアン>、そしてはけ口のないフラストレーションを抱えたオブセッションの塊<ロールシャッハ>(ファッションは古典的なハードボイルドのスタイルというのもいい)は特にインパクトがある。この辺はバットマンたった一人で(ジョーカーと二人?いやもう少しいたか)で物語を支えている‘ダークナイト’より重層的である。しかし根本的にのめり込めない部分があって、なぜヒーローものにリアルさを追及するのかということがどうにもわからない。例えば、絶対的に非日常的な力を持つDr.マンハッタンは青い体で火星にまで行ってしまうので、絵空事の側面が強調されてしまい、他の主人公のドラマがリアルだとしても存在が浮いてしまってみえるのだ。その点では、バットマンの能力的・肉体的限界を強調し続けた‘ダークナイト’の方が無理がなかった気もする。それからもう一点いいたいことがあって、選曲のセンスがどうもね。ボブ・ディランやジミヘンの有名どころを使うのはともかくとしてネーナにはずっこけたよ。
 さて、以上は原作未読状態での感想である。とにもかくにも原作に非常に興味がわいたので、さっそく購入した。次回は原作の感想を書く予定。

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『ロボットの魂』 バリントン・J・ベイリー

 さてSFマガジンの特集号を読んでベイリーをもっと読みたくなって積読本に手をのばした。‘ロボット二部作’と呼ばれるベイリーのロボットSFの一作目である。
 老ロボット師によってつくられた自由意思を持つロボット、ジャスペロダス。さすらいの旅に出た彼は様々な騒動に巻き込まれながら自らに意識が存在するのか思索をめぐらせる。
 基本的にはちょっと民話風味のあるロボットもの。巻き込まれ型の主人公ジャスペロダスが奴隷になったり危険な仕事をさせられたり王様になったりする話なのでベイリーとしては割合読みやすい。レムほどコミカルな部分は多くないものの、哲学的な考察とかちょっと近い感じがある。ただ全体としてはSFマガジンの特集での作品紹介にあるように<ベイリーなりの>ロボットSF。ジャスペロダスの性格はどうみても擬人化を免れていないし、その分意識についての考察もかなりアヤしい。またベイリーの作品としても全宇宙をかけるような壮大さを欠いてもいる。しかしジャスペロダスの誕生の秘密や予想を超える陰惨な展開などやはりベイリーにしか書けない作品であるのは間違いない。そして擬人化うんぬんのようなうるさい突っ込みは別にして(<自分で言い出したくせに!)、何とも憎めないのがジャスペロダスのキャラクター。降りかかってくるトラブルだけでなく、自らもいろいろな騒動の種をまいているにも関わらず、迷いつつもへこたれず前向きで、コメディというほど明るい話ではないのだが重苦しくなり過ぎないのだ。そんなジャスペロダスは無手勝流でSFに挑み続けたベイリー自身のようでもある。というわけで、やっぱりベイリーは面白いし独特だ。まだ積読があるので折をみて読むかな。
 蛇足だが、このジャスペロダスものを途中からコメディ路線にしてシリーズ化すればちょっとした人気を得ることもあったのかななんて少し思った。でもそんな器用さはなかったんだろうなあ。

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SFマガジン5月号 ベイリー&ディッシュ追悼特集

 待望の二人の特集号である。エッセイや特集解説をあっさり読み終えてしまうと、前にも書いたように二人いっぺんというのは分量が少なくて残念だなあと感じたのだが、短編がどれも両者の個性が出ていて気を取り直した。
 ベイリーとディッシュ。同じニューウェーヴSF期の作家でありながら、イギリスとアメリカというだけでなく、片や破天荒なアイディアと独自の論理構築で一部に熱狂的な支持を得たベイリー、片や文学的技巧に優れ多ジャンルの著作をものにした玄人筋で高い評価を得たディッシュ、
ある意味で対局の立ち位置にある作家ともいえる。ちなみにディッシュのSF評論集‘The Dreams Our Stuff Is Made Of’(いまだ読み途中)のIndexにベイリーの名は残念ながらみられないので、ディッシュがベイリーの作品をどう思っていたのか自分にはわからない。洗練とは無縁で破壊力が売りのベイリーと鋭い批評眼と同時に数々の傑作で今後も高い文学的評価を得るだろうディッシュが、英語圏ではない東洋の雑誌で特集として同席することになったことを天国でディッシュが知ったら苦笑しているかもしれない。それでも二人のたたずまいには、必ずしも十分な評価を得られなかった孤独な創作活動といった点で、どこか共通点があるような気もする。それぞれの立っていた場所はずいぶん違っていたかもしれない。しかし妥協を許さない創作および批評活動ゆえに孤高の立場とならざるを得なかった晩年のディッシュと誰も真似できない独自のSFを周囲の評価と関わりなく作り続けていたベイリーの姿はなぜか重なってみえる(晩年のディッシュの困窮は多少知っていたが、今回の特集では売れない兼業作家の状態でも書き続けていたベイリーの姿も大森さんの解説に出てくる)。そこには真摯な創作への思いがあふれていて、読者として心を揺り動かされるのだ。
 
 以下今回収録の短編について。まずはベイリーから。
「邪悪の種子」 待望の異星種族が太陽系に登場した。百万年生きたという彼は多くを語ろうとしなかった。傑作というほどではないけど、変な宇宙人がいい味を出している。
「神銃(ゴッド・ガン)」 友人ロドリックは神を打ち抜く銃を発明したという。神狩りですか。短いバー・ストーリーといった趣きだが、ベイリーならではのワン・アンド・オンリーの論理が展開される、実にらしい話。オチも含めてね。
「蟹は試してみなきゃいけない」 驚きの性春!蟹SF。いや本当にそういう話だとは。一読必笑の傑作。英国SF協会賞を受賞した人気作で
こういった路線の才能もあるんだなと感心したが、特集解説に出てくる本人の談話「どの作品がだれに気に入ってもらえるか、私の予想は昔から当たったためしがない」にちょっと目頭が。

 続いてディッシュ。
「ナーダ」 コミュニケーションを取るのが難しい少女ナーダには驚くべき能力があった。女教師の心理描写、伏線となる会話などやっぱり巧いなあ。
「ダニーのあたらしいおともだち」 スラデックとの共作。ジョークみたいな小品だけど、しっかり毒入り。
「ジョイスリン・シュレイジャー物語」 実験映画批評家の主人公はある若い映画作家と恋をする。普通小説。「ナーダ」もそうだがディッシュにはニューヨーク作家としての一面があるのかもしれない。70年代のニューヨークのアーティストたちの生活が垣間見えるような作品でほろ苦さとしみじみとした味わいがなんともいえない傑作。

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さっそく三タテ

 いきなり中日に三タテをくらう。投打にいいところが全くない。ことしも酷そうだなー(泣)。
 村田・内川の活躍でWBCに浮かれていた横浜ファンにきっちりと冷水を浴びせる落合監督は皮肉ぬきでさすがとしか言いようがない。

 ※で、その後予想通り完璧に壊れた状態で連敗が続いているわけである(4/8で5連敗)。球界の裏事情はよく知らないけど、あまりお荷物になるとまた近鉄の二の舞になって一リーグ制の話が出て他の球団や選手にも迷惑がかかると思うから、責任は重いことを十分に理解してプレーして欲しいものである。もちろん管理する方はもっと責任が大きいのは当然のことであって、中でも親会社には本当にしっかりしてほしいものである。

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『マラマッド短編集』

 年刊SF傑作選4の変な傑作「ユダヤ鳥」に不思議な面白さがあったので、新刊では手に入らない本書を探していたが、たまたま立ち寄った大型古書店で発見。ユダヤ系らしい独特のカラーがあるなかなかにユニークな作家だ。アマゾン評で柴田元幸が『アメリカ文学のレッスン』で<貧乏叙情の名手>と評していたことを知ったが、まさにその通り、貧しい生活の中で人々が巻き起こす小さな騒動といったものが中心となる物語ばかりである。(以下○が特に面白かったもの)
「最初の七年間」 靴屋のフェルドは店で出会った真面目な大学生を自分の娘の結婚相手にしようと画策する。恵まれない生活の中の人々の思いが切なく響く話である。
「弔う人々」 周囲に嫌われた老いた下宿人が周囲と巻き起こすトラブル。わずか数ページなんだけどラストに話が唐突ともいえるような具合で非日常的な世界へ入っていく。いやファンタジーとかミステリというわけではないくなんというか宗教的な世界というか。時々そういった展開が他の作品にもみられるのがこの作家の特徴だと思う。
「夢に描いた女性」○ スランプで書けなくなってしまった作家は若く美しい新人作家と文通をすることになる。切ないねえ。しんみりと侘しい味のある作品。
「天使レヴィン」○ 洋店が火事になって困窮する洋服の仕立屋マニシャヴィッツ。そこに黒人の天使レヴィンがやってくる。レヴィンの正体がもう一つはっきりしないところがひっかかる。十分読み取れていない気がして傑作かどうかよく分からないのだが実に後をひく話である。
「見ろ、この鍵を」○ さほど貯金もないまま妻子連れでイタリアに留学してきたカール。割安の物件を紹介してくれるという頼りない男がようやく持ってきた物件は訳ありで。ちょっとした金銭をめぐって繰り広げられる理屈ぬきに楽しめる傑作コメディ。
「われを憐れめ」
 生活調査員が元セールスマンの事情聴取をする。これもなかなか他にはない味の作品。
「牢獄」○ 髪結いの亭主ならぬ菓子屋の亭主の話。これまたちょっとした話なんだけどね。いい感じなんですよ。
「湖上の貴婦人」○ 燃えるような恋がしたいヘンリー・レヴィン(30歳)はちょっとした遺産を手にしてヨーロッパ旅行へ。イタリアで美しい娘に出会うが。構成がしっかりとしていて、主人公の心模様が見事に表現されている。名作といっていいと思う。
「夏の読書」 高校をやめてしまいぶらぶらしている少年に時おり話しかける切符売りのおじさん、って書くとつまんなそうだよなあ。でもそういう話なのですよ。情感のさじ加減がいいんだよね。
「掛売り」 つつましくやっている老夫婦のデリカテッセンでつけで買い物をする。これまた貧乏叙情。掛売り、って知らなかったな。
「最後のモヒカン族」○ ジオット(ジョットの方が通るかな)の研究のためにイタリアへやってきた主人公。ユダヤ系であることから、金に困ったユダヤの男につきまとわれる。こういった正体のわからない男の存在感が印象的なのも特徴かな。
「借金」 旧知のパン屋の男に借金を頼みにきた男。パン屋の奥さんは不機嫌になり。ああ貧乏叙情。何だろう、同じような話かもしれないんだけど不思議と飽きないし重苦しい気分にもならない。押しつけがましい感じや説教臭い感じもないんだよね。
「魔法の樽」○ ラビになるための勉強をする大学生が将来のことを考え、結婚相手を探しに結婚相談所に行く。これも傑作。十二分に面白いが、これまた解説によると一筋縄ではいかないところがありそう。

 どの作品も導入が巧みで、すっと話に入っていける。話の展開もほどよいテンポで展開していく。さらに、どうも普通の話だと思っているとそれだけではないという奥深さもある(ようだ)。他の作品も読んでみたくなった。ところでマラマッドの最初に刊行された作品は‘The Natural’(邦題:奇跡のルーキー)で映画化もされた野球小説である。最初が野球小説ということは、野球好きだったのかもしれない。ブルックリン生まれらしいが、もし野球ファンだったらブルックリン・ドジャースのファンだったのだろうかヤンキースファンだったのだろうか、と考えてしまった。←ざっと(ネットだけだけど)調べたが野球好きという証拠は見当たらなかったので少し書き直した  

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