第30回日本SF大賞に『ハーモニー』

 第30回日本SF大賞に伊藤計劃さんの『ハーモニー』が選ばれたようだ。
 これによって喪失感が埋められるわけではないけれど、願わくば伊藤計劃さんの本がもっといろいろな人に読まれますように。

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『あなたのための物語』 長谷敏司

 ふと書店で真っ白な装丁が目に入って購入。力作である。
 
  近未来、ナノテクノロジーによって疑似神経技術が発達し、感情や思考を記録する言語ITPや人工知能が開発される。その先端技術を一手に担う企業のオーナーである主人公サマンサは研究に没頭する日々のなか、突然不治の病に侵される。

 未来社会やその技術を扱ったSFは無数にあり、医療技術が人間の身体を変えるといった話も沢山あり、ともすればその明るい面ばかりが描かれることも多い中で、そうした未来に生きる人間の病について個の視点からストレートに描かれた本作のようなSFはおそらくまれだろう。本作では、病の苦痛が人に及ぼす影響や技術によってそれが克服できるのかといった問題が真正面から論じられ、その逃げ場のない展開は息苦しいほどだ。まだ若い筆者をしてこうした題材を選ばせた理由についてはよく分からないが(執筆の苦労についてはご本人のブログに載っていた)、技術が発達した未来にも病の苦痛はあるだろうという(ある意味当然な)ことをふまえて、未来社会をシミュレートすることにより、現代における疾病や生というものを(時に愚直なまでに)一本道で表現しようとした貴重な作品であり、その誠実な創作姿勢に拍手を送りたい。

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『ハーモニー』 伊藤計劃

 『虐殺機関』同様大変面白かった。

 21世紀になって大量に造られた新型の核弾頭は、2019年に北米を中心とする英語圏での大暴動<大災禍>により、第三国家に流出した挙句、結局世界各地の紛争に使用されてしまった。その後に未曾有の癌・ウィルス感染などの危機から、世界はWatchMe呼ばれる個々人の恒常的体内監視システムを利用した高度健康管理社会へ移行していた。その後の安定した‘優しすぎる’社会で、不満をかかえる女子高生霧慧トァン。優秀だが風変わりな同級生ミァハに、WatchMeがからだに入ってくる前に自殺をしようと持ちかけられ、もう一人の友人キアンと三人で自殺を図る。

 イントロ部分でこんな感じ。変わった名前の女子高生の主人公ということで、それだけで今回はライトノベル風!?とか思ってしまったのだが(なんと神様の名前だったとは!)、舞台はこの後すぐ13年後の戦場へと移る 。というわけで、『虐殺機関』の延長線上にある話である。『虐殺機関』は近未来的SFアイディアが現在の社会状況を浮かびあがらせるようなところが魅力であったが、今回はその持ち味そのままにより踏み込んだアイディアで後半には脳科学を中心に「意識とは何か」といったスケールの大きい話になってくる。なので、奇想好きのハードなSFファンも満足だろう。得意のスパイアクション的演出も盛り込まれているので、エンターテインメント性も十分。HTMLタグを取り入れた文体(SFマガジン2月号のインタビューに書いてあった)、時々出てくる美術ネタなど洒落たセンスも大きな魅力だと思う。

 以下、その『ハーモニー』と伊藤計劃さんのインタビューが載っているSFマガジン2月号。色だけでなく微妙に構図や絵柄が違う表紙が楽しい。

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『Boy's Surface』 円城塔

 読み終えてなんかいいたいんだけれどもいうことがない。
 短編集なのだが、それぞれの短編が何の話だかよく分からないのである。それでも表題作は盲目(盲視?)の天才数学者の恋愛物語という筋という枠が感じられるが。
 人を落ち着かなくさせる小説である。基本的にこちら読者は作者のたくらみを自分なりに読み取っていくしかないのだが、その非対称性が著しく大きく作者のたくらみが読み取れない。さらに作者が理路整然と話を作り込んでいるのが明らかで意図的にわかりにくくなっているのだから、なおさら居心地が悪いのだ。(いやわかりくくしてるつもりはないのかな?ああ術中にはまってしまっているようだ・・・)
 中ではチューリングとロリータ(!)がネタになってるメタフィクション(なのかな?)‘Your Heads Only’が一番面白かったかな(もちろん細部を楽しんだ程度だけどねえ)

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『虐殺器官』 伊藤計劃

 傑作だった。
 サラエボでの核テロを契機に先進諸国で厳格な管理体制がしかれた近未来が舞台。主人公シェパード大尉が、内戦や虐殺が絶えない後進諸国で暗躍する謎の男ジョン・ポールを追う、という話。基本的にシンプルな筋に、しっかりと大ネタのSFアイディアがからむ。最近の日本SFはあまり読んでいないが、ある種伝統を感じられもするアイディアである。
 ここで描かれるのは悪夢の世界である。人間を殺害する任務を負った軍人がその肉体的・精神的苦痛をコントロールされながら任務を遂行する有様が丹念に描かれている。人間と社会といった現代ではやや大げさとも感じられるテーマが、個の問題として丁寧に考察され、結果として悪夢が確かな手触りを持って目の前に現出する。いや、その悪夢の一部はもう既にわれわれの隣に存在している。主人公がナイーブであることやシンプルな筋も効果的。少し未来を舞台にして、現代社会の闇の部分を照らし出すという実にSFの特性を生かした素晴らしいデビュー作である。
 作者の意図がよく分かるインタビューはこちら。作者の独自で鋭く繊細な視点が伺えるブログはこちら

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『Self-Reference ENGINE』 円城塔

 話題の本なので手を出した。意外と流行りものも気になるのであった。
 フクザツなことは分からないので、結局のところ大層よく分からない話ではあった。
 しかし楽しめなかったということはなく、ひんやりとした冷たい笑いの漂う奇想小説といった楽しみ方もできる話であった。どこへ行くのか見えない話の展開や、思っていたより多彩な語りぶりに感心。ボルヘスのようにもカルヴィーノのようにも感じられるところもあったりする。Freud、Bomb、Yedoあたりが面白かったかな。特にYedoには意表をつかれた。下敷きとなったSFネタも目に付くように提示されているので、SFファンであればまず楽しめるのでは。
 もう文學界新人賞をとっているそうだ。何はともあれ注目の新人であることは間違いない。

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『ラギッド・ガール』 飛浩隆

 待望の《廃園の天使》シリーズですよ!
 予定では『空の園丁(仮)』が先だったような気もするが、本短編集が登場した。今回は〈数値海岸〉の成り立ちや〈大途絶〉の経緯が明らかになる。
 実に周到な設定のシリーズである。仮想空間の話だから、基本的に何でもありで、幻想的なシーンも無理がない。様々な土地を舞台にした、色々なジャンルの話を書けることにもなる。だがその背景には実は緻密なアイディアがあり、SF作家らしい仕上がりになっている。それにしても〈官能素〉って、ウマいねえ。でも敢えていえば、アイディアうんぬんより凄惨でありながら美しいファンタスティックなイメージそのものが作品の核かな。仮想空間のリゾート、ヴァーチャル・アイドル、ハッカーとか道具立てをみると、なんだかよくある話みたいに聞こえてしまうし、ある程度意識的に過去のSFを思い浮かばせるようにしているような箇所もあるが、あくまでも先達の作品群を越えた新世紀のフィクションになっているので、食わず嫌いの人も是非。ところで、ボリスってBoris the spiderのことですか?

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